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定年1年前の辞職―「黄金の15年」を教育起業家として生きる / 松田 孝 教授

辞職

 定年を1年後に控え、私は「辞職」を選びました。大学を卒業後、36年間務めた東京都の公立学校の教員を辞め、起業したのです。現在公務員の定年年齢が段階的に引き上げられていますが、多くの先生方は定年後も公的年金が支給される65歳を一つの目処として、雇用延長で働くことを選択します。
自分自身を振り返っても、60歳は精神的にも身体的にもまだまだ若い。今、現役の校長先生と話をすれば、定年を間近に控えても最前線である学校現場で様々な教育課題に対峙し、リーダーシップを遺憾なく発揮してその解決に挑み、さらには新しい時代にふさわしい新しい学びのあり方を標榜している意欲や熱意、そしてその生き様に魅せられてしまいます。
 しかし定年後は制度上当然ですが、管理職という役職はなくなり、職責も大きく変わり給与も大幅に減額となります。そして現在は定年制度改革に伴って役職定年制も導入され、校長職にあった方でも60歳に達した翌年度から管理職の役職を退き、非管理職の立場で職務を遂行することになりました。役職定年による降任、降給のために給与は以前の7割水準となるのです。
 中には、それまでの教育実践や研究活動、さらにはその方の人格をもって大学等で実務家教員として教鞭をとったり、各自治体の教育行政の長となったりする方々もいますが、これは公募や任命に基づくもので、タイミングや運も加わり、全体としての割合は非常に限定的です。
 私は定年を待たずして現職を退き、雇用延長でもなく外部ポストへの転身でもなく、教育の新たな可能性を切り拓くことを支援する起業の道を選びました。

「黄金の15年」との出会い

 辞職して合同会社を立ち上げて、その後の生き方を模索するなかで、ある著作で「黄金の15年」という考え方に出会いました。「60歳から74歳までの15年間」を指して使われる言葉で、その理由は自身の考え方や行動が家庭的・社会的制約から解放される一方で、能力や体力がまだ維持されているからです。そして何と言っても、現役時代に比べて自由な時間が圧倒的に増えるからです。
 家庭的には、子供たちが自立し、扶養義務がなくなりました。親の介護の問題が発生しますが、自由な時間と介護制度を有効活用することで様々な負担を軽減することができます。また住宅取得にかかったローンの返済も終わり、経済的には水道光熱費、各種税金、車両の維持費が大きな関心事となるのです。
 社会的解放については、一人で起業した今、公務員として長年守り続けてきた『全体の奉仕者』としての規律や、公人としての制約から解き放たれ、自らの価値観で迅速に判断し行動できる環境に、かつてない身軽さと解放感を感じています。就業規則も自分自身で決定すればよいですし、様々な判断も組織に囚われないで自身の感覚で判断できるのです。
 しかしその代償は、そのまま売上に反映します。多くの先生方が起業に踏み切れないのは、起業に伴うリスクと、雇用延長による安定した収入との間に、厳しいトレードオフが存在するからです。 減額されるとはいえ、公務員としての安定を捨てるべきか否か。その間で、誰もが深く熟考せざるを得ないのです。

教育テック大学院大学との出会い

 現在私は、教育テック大学院大学の専任教員(実務家教員)として、いくつかの授業科目をもち、大学院の分掌も受けもっています。様々なご縁が今の立場に私を導いたのだと、感謝しています。
 教育公務員を辞して起業しても、当初はあくまで教育の新たな可能性を拓く業務に必死であり、そこから実務家教員へと道がつながるような明確なキャリアパスを一ミリも描いていませんでした。
起業し、自分自身の経験値をもって、その時々の環境とご縁でこれまで生きてきました。そのような目の前のことに邁進していた時に、大学院の専任教員の話をいただいたのです。
 ここで、30年前の修士号取得が生きてくることになります。振り返ってみれば、30年前に都の現職教員の資質向上施策である大学院派遣選考に合格したことが今に繋がっている事実に、学びがもつ「時間差の力」を突きつけられた思いです。
 教員になり、修士課程で学びたいと考えはじめてから、複数の教育系の学会に所属して実践発表や論文を投稿していきました。さらには修士号を取得していることから58歳からは3年間博士課程にも在籍して、それなりに研究実績を積んできました。このことが文科省の設置審における教員資格審査において、担当科目の教員として適格と認められる決め手となったのです。
 辞職後は自分自身で明確なキャリアパスを描いていたわけでもなく、校長職経験とそのリーダーシップでICTを活用したGIGA前史を築いてきたといういささか独りよがりな自負が起業という道を選択させましたが、SNSの全盛時代にあってある意味、破天荒な取り組みの情報発信が、大学院とのご縁を繋いだのです。もし、定年を前にトレードオフの関係性に悩んだ末に雇用延長を続けていたのなら、このご縁は生まれなかったと思います。
 今思えば、私にとって起業は決して無謀な賭けではなかったのです。現役時代からの「学び」という投資が、辞職後の荒波を渡るための確かな浮き輪となり推進力(財産)となっていたのです。

黄金の15年の解釈をアップデート

 60歳から74歳までの「黄金の15年」。これを単なる余生とするか、教育者(職業人)としての集大成を築く時間とするか。雇用延長の安定という選択肢の傍らに、自らの足で歩む『起業』という選択肢を並べてみてください。その準備を始めるのに、遅すぎるということはありません。
 専門職大学院での学びは、単なる知識の習得ではありません。それは、組織に依存しない「個」としての力を蓄え、「黄金の15年」を自らの手で切り拓く「起業家精神」を育む場でもあるのです。60歳以降の「黄金の15年」を輝かせるためには、現役時代からの学び直し(リカレント教育)と、専門職大学院のような柔軟な学習環境が極めて有効だと確信しています。
 
さあ、あなたも一歩踏み出してみませんか。

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